一般の方むけ

この研究室では,「クラミジア」という細菌に注目して日々研究をおこなっています.

クラミジアとは

クラミジアという名前は,代表的な性感染症(性病)として皆さんも一度は耳にしたことがあるでしょう.具体的にクラミジアはどういうバクテリアかというと,ヒトや動物の細胞の中に入り込み,その中で増える「細胞内寄生細菌」という種類に入ります.クラミジアは細胞の中でしか増えることが出来ず,自分でエネルギーを作ることもできません.なので,常に感染した細胞からエネルギーを横取りして,自分が増えるためのエネルギーとしています.こういうバクテリアを専門的には「偏性細胞内寄生細菌」と呼びます.

EBクラミジアは,動物細胞の外にいる間,ウイルスくらいの小さくて硬い殻に包まれており,じっと感染する機会を伺っています.この状態を「基本小体」といい,この間は活動停止状態で増えることはありません(その代わりに感染する力を持っています).左は基本小体の電子顕微鏡写真で,殻の表面に細かい突起がたくさんあるのがわかります.

inclusionひとたびクラミジアが宿主となる細胞に感染すると,その瞬間から増えるための準備が始まります.まず,宿主の膜の成分を横取りしながら自身が増えるための袋を作ります.これを「封入体」と呼びます.封入体の中でクラミジアは大きく柔らかな膜を持つ形に変化します.この状態を「毛様体」と言って,2つに分裂しながらどんどん増えていきます.左の写真が封入体で,中に大小様々な大きさのクラミジアがたくさん詰まっています.

やがて封入体が宿主の細胞がいっぱいに大きくなる頃,中の毛様体は再び小さくて硬い基本小体に姿を変え,外に出る支度を整えます.感染から約3日,ついに宿主の細胞は破れてしまい,その中から何百というクラミジアの基本小体が,次なる細胞をめがけて飛び出していきます.こうやってどんどん感染は広がり,その部位は壊れた細胞で炎症を起こしてしまいます.

この様にクラミジアは環境に合わせて形を変えながら,細胞の中で増えるちょっと変わった細菌です.遺伝子も1000くらいしか持っておらず,大腸菌でも4400もの遺伝子を持っていることを考えると,本当に少ないです.昔はウイルスなのか?それとも細菌なのか?と議論になったこともあります(結果は細菌という事に落ち着きました).

クラミジアの引き起こす病気

性感染症といえば「エイズ,梅毒,淋病,クラミジア…」と頭に浮かぶくらい有名ですが,クラミジアが引き起こす病気は他にもあります.ざっと挙げみましょう.

◯性器クラミジア感染症

日本における性感染症の約5割は,クラミジアによるものです.男性よりも女性患者が多い,10代から30代の若い世代に多い,感染部位から次第に奥へ広がっていく,などの特徴があります.感染しても自覚症状があまり出ないので見過ごされることも多いのですが,重症化すると不妊症や子宮外妊娠の原因になることもあるので注意が必要です.最近はオーラルセックスの一般化により,喉に感染するクラミジア咽頭炎も増加しており,注意が必要です.

◯目の結膜炎(トラコーマ)

もともとクラミジアは結膜炎を起こす原因として発見された細菌でした.日本国内ではあまり聞くことも少なくなりましたが,世界的にみてみると,失明の10%はクラミジアが引き起こすトラコーマが原因と言われています.まぶたがブツブツと真っ赤に腫れあがり,目やにや充血を引き起こします.ひどくなると,目の角膜の上に血管が侵入したり(パンヌス形成と言います)最悪の場合失明することもあります.妊婦さんがクラミジア性感染症に罹っている場合,出産時に赤ちゃんの目に付着すると(産道感染)生後1週間前後で赤ちゃんの目が真っ赤に腫れることもあります(新生児型封入体結膜炎).

◯クラミジア肺炎

驚かれるかもしれませんが,一般的な肺炎(市中肺炎)の約1割は,クラミジアが原因ということが分かっています. 幸いなことに,あまり症状が重くないので大きな話題として取り上げられることはありません.症状は軽いカゼ程度のことが多く,軽い咳が長引く程度です.

肺炎を引き起こすクラミジアは,肺炎クラミジア(C. penumoniae)という種類で,性感染症やトラコーマを引き起こす種(C. trachomatis)とは別に分類されます.ヒトからヒトへ感染しますが,肺炎クラミジアが性感染症を引き起こすことは無く,また,性感染症のクラミジアが肺炎を引き起こすこともほとんどありません(まれに新生児が産道感染によって,C. trachomatis肺炎を引き起こす場合があります)

◯オウム病

オウム病クラミジア(C. psittaci)という種類によって引き起こされる重い感染症です.インコやオウムなどの鳥類から感染するので,これらのペットを飼育している家庭に比較的多く発生すると言われています.ヒトに感染した場合,インフルエンザのような高い高熱,悪寒,頭痛,肺炎などを引き起こします.重症化すると脳炎や心筋炎など,全身に症状が現れます.なお常に鳥からヒトからヒトへの感染は報告されていません.かつては死亡率20〜40%前後と高く,恐れられていましたが,最近はよく効く抗生剤などのおかげで1%以下まで低下しました.

◯動脈硬化

動脈硬化の原因のひとつとして,血中のマクロファージが酸化したLDL(低密度リポタンパク質)をどん取り込んで中が脂肪滴だらけになってしまい(泡沫細胞),動脈など血管の壁に付着してしまうことが知られています.ここ20年ほどの研究で,肺炎クラミジアがマクロファージの中に侵入すると,この泡沫細胞という状態になりやすいことがわかってきました.このことから現在では,肺炎クラミジアは動脈硬化と深い関わりがあるのではないかと考えられています.

わたしたちの研究

この研究室では,特に肺炎クラミジアと動脈硬化の関係に注目しています.なぜ肺炎クラミジアだけがマクロファージを泡沫細胞に変化させるのか?なぜ性感染症のクラミジアでは動脈硬化が起こらないのか?マクロファージは殺菌が仕事のはずなのに,肺炎クラミジアは中でどのように生き延びているのか?実はまだ知られてないことが多いのです.これらの疑問を解決しようと毎日研究活動しています.

他にも,DNAを使ったワクチンの研究や,細胞がバクテリアから身を守るために出す抗菌ペプチドという物質などにも注目し,クラミジアのワクチンが作れないか,抗菌ペプチドでクラミジアの排除ができないか,などを研究しています.またクラミジア以外にも,緑膿菌や結核菌の仲間を用いた研究も行っています.

もっと詳しく知りたい方は,専門的な研究の内容を「研究者向け」のページに書こうと思いますのでそちらをご覧ください.