細胞内寄生性細菌であるクラミジアは,性感染症,トラコーマ,肺炎の原因菌であり,また動脈硬化および反応性関節炎との関連も疑われている,特に近年,若年層を中心とした性感染症の蔓延および結果としての不妊症の増加は,高度少子化時代を迎える現在,ますます大きな問題となることが懸念される.したがって,クラミジア感染症に対する基礎研究,そしてより効果の高いワクチン開発など実効性のある対策は重要かつ急を要する課題である.
宿主細胞の分解・殺菌機構に対する,クラミジアの回避メカニズムの解明
クラミジアは代謝不活性型elementary body(EB)の形態で宿主細胞へ感染後,封入体(インクルージョン)と呼ばれる膜構造物を形成し,その内部で代謝活性型reticulate body(RB)の形態に変化して増殖活動を行う.増殖期を経たクラミジア菌はRB型から再びEB型へ形態変化を起こし,宿主細胞の外部へ放出される(左図).本来,宿主となる哺乳類細胞は,外部からの異物の侵入に対しオートファゴソームによる取り込み,およびリソソーム分解を行うことで対処するが,クラミジアはその際に未知の分子メカニズムにより,封入体膜とリソソーム膜との融合を阻害し,宿主細胞の分解,殺菌機構を回避すると考えられる.
この分解・殺菌機構は免疫細胞が細菌を捕食、殺菌後抗原提示する際にも利用されていることから,クラミジアは上記の回避メカニズムにより宿主の免疫システムの網をもかいくぐり、結果として長期的な感染を繰り返す.したがって、クラミジアの分解・殺菌機構の回避メカニズムを分子レベルで解明する事は,クラミジアの感染サイクルにおける最も重要な研究課題である.
肺炎クラミジアによる宿主Infammasomeの活性化とその利用
1990年代に動脈硬化症の病変に沈着したマクロファージ内より,ヒト肺炎クラミジア C.pneumoniaeが分離された.C.pneumoniaeは市中肺炎の約1割を占める病原体だが,現在では動脈硬化の発症因子の一つと認識されており,クラミジア研究におけるホットスポットとなっている.C.pneumoniaeはマクロファージ等の免疫細胞にも感染・増殖し,血管内を通じて全身に運ばれる.また,C.pneumoniae感染マクロファージは,酸化LDLの取り込みによる泡沫細胞化が強く促進されることが明らかとなっている.これら2点が,動脈硬化発症の主な原因と考えられる.しかしながら,なぜ同じクラミジアでもC.trachomatisは動脈硬化の発症に関連しないのか,その理由はこれまで全く明らかにされていない.
C.pneumoniae感染が特異的な動脈硬化発症を引き起こすならば,C.trachomatis感染では起こらない様な「C.pneumoniae感染に特異的なマクロファージの免疫応答および細胞内変化」が認められると仮定し,マウス骨髄由来マクロファージ(BMMs)に対して肺炎クラミジアC.pneumoniaeおよび性感染症クラミジア株をそれぞれ感染させ,感染BMMsのサイトカイン産生を比較した.その結果,C.pneumoniaeは他のクラミジア株と比較して,感染BMMsの炎症性サイトカインIL-1β産生を強く誘導することが明らかになった.
IL-1βは前駆体として産生され,活性化したインフラマソーム(inflammasome)と呼ばれる細胞内複合体により切断され細胞外へ放出される.すなわちC.pneumoniaeは,他のクラミジアと比較してマクロファージ内インフラマソームの活性化を強く誘導すると考えられた.したがって,種々のインフラマゾーム構成因子のKOマウスよりBMMsを作成し,C.pneumoniae感染に対する応答を検討した.驚くことに,インフラマソームの機能を欠損するとC.pneumoniaeの増殖率が低下し,逆相関的にマクロファージ内の脂肪滴が大幅に増加することが明らかとなった.他の様々なデータと併せて, 1)C.pneumoniaeの感染はマクロファージ内の脂肪滴を積極的に生成させ,2)またC.neumoniae自身は宿主のインフラマソームを利用しながら増えた脂肪滴を増殖に用いる,という2つの独立したメカニズムが存在する事が示唆された.これは,C.pneumoniaeが宿主の免疫機構を回避するのではなく,むしろ積極的に利用していくと言う点で非常に特異的な菌であることを示している.以上の結果は2014年に投稿,受理された.
膵頭十二指腸切除術後膵液瘻における緑膿菌感染とトリプシノーゲンの活性化の関連性
膵液瘻は,膵頭十二指腸切除術(PD)において死亡に繋がるおそれの高い重篤な合併症である.膵液中蛋白の約19%を占めるトリプシノーゲンは,エンテロキナーゼ等による切断を受け活性型トリプシンとなる.トリプシンは他の消化酵素を活性化する重要な役割を持つことから ,PD術後に起こる膵液瘻の原因は,膵管空腸吻合部周囲においてトリプシノーゲンが活性型となり,周囲組織を障害するためと考えられている.
近年,膵液瘻と細菌感染との関連が示唆されているが,細菌感染とトリプシン活性化を結びつけるようなエビデンスはこれまで報告されていない.そこで我々は,膵液瘻患部より分離された細菌株に対し,発症の鍵となるトリプシノーゲン活性化との関連性をSDS-PAGE法および質量分析法により検討した.その結果,主にGrade B/C(重症)症例より分離された緑膿菌Pseudomonas aeruginosaの培養上清が,トリプシノーゲンの切断およびトリプシン活性化を誘導することが明らかとなった(右図:Pa3).このことから,P. aeruginosaの菌外に分泌する外因子がトリプシノーゲン活性化に強く関与することが示唆された.次に我々は,トリプシノーゲン活性化を検出する特殊ザイモグラフィ法を開発し,これを用いてトリプシノーゲンを活性化する因子の検索を試みた.その結果,約50kDaのタンパク質がトリプシノーゲンの活性化に関与することが強く示唆された.これらの成果により, PDの周術期管理においてP. aeruginosaを中心とした感染のコントロールおよび対策が非常に重要であることが示された.